衆議院議員選挙であれ、地方選挙であれ、日本の選挙の投票率は
だいたい50%超くらい。

今回の選挙は注目度も高く、場所によっては70%以上の投票率もあった様子。

しかし、残りの30%は投票を行っていないのもまた事実。
かく言う私も投票していない人間のひとり。

理由はひとつではない。
投票日当日は仕事だったし、事前投票も忙しくてなかなか行けない。
マスコミや国はそれを「言い訳」と捉えるが、少し違うのではないだろうか。

先の選挙では民主党が圧勝したわけだが、
大半の理由は、これ以上自民党に政権を任せられなかったからであろう。

自民党に投票したくないから、民主党に投票した。
民主党に投票したいから、ではなく。

選挙投票は国民の義務である。
コレの理屈はよくわかるし、正しいとも思う。

ただ。
その選挙で、投票に値する立候補者がいない場合はどうすれば良いのか?

結果「比較的マシな人に投票する」。
…それが今回の選挙だったのではないだろうか。

選びたくて選んだ人ではないから、もしその人がダメでも簡単に否定できる。
「あーやっぱりダメだったか。まぁ始めから良いとは思ってないし。」

「ウチは自民党一筋ですから」と声に出して言える人の方がなんぼかマシだと思う。

政権が民主党に移り、鳩山政権は国民の信頼を得るのに必死である。
(今のところ、その演出は成功だと言える。)

ただ、この民主党政権という屋台の足下は非常に不安定。
本気で支える国民がはたしてどれだけいるのか。
少しの失敗で、スグに掌を返してしまう人がたくさんいるのでは?

私は、選挙に「該当者なし」に投票できるようにするべきであると考える。
選挙に行って「白紙投票」する人もいると聞くが、確かに意思表示にはなっていても
「白紙は○○%でした」という集計・報告がされるワケではない。
現状、白紙=無効票、つまり、投票していない人と同じ扱いなのだ。
(投票率には反映されるが。)

「ウチの選挙区には、リーダーとしての資質を持った人がいません!」
という意見も、大事な意見であり、ちゃんと集計・公表されるべきだと思う。

もちろん、否定ばかりでは何も生まれないので、
「否定する者は必ず代案も述べよ」が私の持論である。

選挙期間からしばらく経った今日、このコラムを書いたのは
選挙に行かない言い訳に取られたくなかったからである。

選挙に行かないのにも、ちゃんとした理由と意志がある。

「この人を応援したい!この人に日本を任せたい!」という人がいるなら
きっと選挙にも行くし、その人の意見にも耳を傾けるだろう。

国を変えよう、変えなければいけないという考えは間違いなく正しい。
しかし、もはや政治主導で変わる程生易しい問題ではなく、
国民全てが国の未来をちゃんと考え、議論し、変えて行かなければ
この国に明日はない。

国とは人である。

手始めに、人=国民の声がちゃんと国=国民に届く仕組み作りから
やり直してみませんか?

今の選挙制度が、当然のように国民の義務として押し付けられても
本気で応援したいリーダーが出現しない限り、
私は投票しない事で「該当者なし」を訴え続ける。

この声が届く仕組みができるだけで、国民の政治に対する関心は
上がるのではないだろうか。

投票率の高い低いではなく、投票に来ていない人がいる理由を
もっと真摯に考えてみてはどうだろう。
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by wamhouse | 2009-09-23 06:01 | 想 : column

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