本日の天気予報。
東京地方。夜。降水確率。



「100%」



この「100%」という表現がとにかくキライである。

“予報”なんでしょう?
予めお報せするだけのモノに、どうして「絶対」を言い切ろうとする?

この「100%」が「90%」だったからとして
傘は必ず持っていきますよ。

雲の動きからして、間違いなく雨が降るんだ!という事を伝えたいんでしょうが
それは別に「90%」でも「99%」でもいいわけで。

屁理屈かもしれないが…
今から夜までに何か天変地異が起こったり
どこかの超お金持ちが戦闘機を用意して雨雲を散らしたり
…そんなコトだって、「絶対ない」とは言い切れない。

天気予報士が、自分の予報の完璧さを鼓舞したいがための数字に見えて来るんです。
この「100%」という数字が。


「ありえない事」なんて“ありえない”。
「絶対」なんて“絶対”ありえない。


人と話してても「絶対」や「100%」を連呼する人がキライです。
同じくらい「ありえない」と決めつける人もキライです。

「オレに任せておけば絶対大丈夫だから!」
「ウチでやらせてもらえれば100%大丈夫です!」
…ウッソくせぇ!!!

世の中、何が起こるかわからない。
だからおもしろいんじゃないの。

統計論的に とか 推移として とか この流れでいくと とか
その「絶対」を導き出すのに“これでもかっ!”という程の理由があったとしても

人間ごときが「絶対」を軽々しく決めるんじゃねえよ。

どんなに分厚い雲が空を覆い隠そうとも
雨が止む時を願い 雨を止ませる方法を考え 行動してみる。
バカバカしくも その低い可能性にあきらめずにしがみつき 努力する人に
「絶対」なんて限界を決めてしまう言葉なんて…不粋ってもんでしょ。
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by wamhouse | 2009-12-11 16:57 | 想 : column

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