コミュニケーションデザインという呼称ができるはるか前、
大学の研究課程で、実は地域活性を兼ねたコミュニケーションデザインを
すでにやっていた事を思い出しました。

それはもう10年以上前。
夏休み、学生たちから希望者を募って、島根県の石見銀山に行きました。
当時はまだ世界遺産には登録さてておらず、過疎の町でしたが、
そこに滋賀県の芸大生20名くらいを連れて行き
石見銀山のお祭りのお手伝いをさせてもらいました。
(そのメンバーの中に、実はウチの奥様も入ってたりします。笑)

たった2〜3週間で、ヨソから来たワカモンたちが
知らない町の伝統ある「おまつり」を創る側にまわる。
…かなり難しい事を企画したもんだ、と今でも思います。

僕が後輩たちに出した課題はひとつだけ。
「何が自分達にできることなのか、町の人と直接お話をして探しておいで。」

学生だから出来ない事だらけ。
でも学生だから出来る事もある。
その気づきは、人に教えてもらうんじゃなく、
はじめましての人たちのコミュニティに自ら飛び込み、対話して、
その人が何を必要としているかと向き合って、
自分自身のスキルを必死で検索して、
その人のニーズに合った「自分に出来る事」を探すことに
意味があると思ったんです。

お祭りが大成功して、町の住民の皆さんにも喜んでもらえて
参加してくれた後輩たちも「楽しかった」と思ってくれた事は、
実は『副産物』でしかないんです。

夏休みの間の2〜3週間、ワケのワカラン事を言ってる先輩を信じて
「よし、その島根の石見銀山というところに行ってみよう!」
と、手を挙げた時点で、その子は、手を挙げなかった子よりは、
何か得られるチャンスを自ら掴めているんです。

「人の嫌がる事は、率先して手を挙げてやりなさい」
そんなわかりやすい言葉だったかは覚えていませんが
親が僕に教えてくれた事です。
チャンスは待っていてもやってこない。
ただ待っているよりは、チャンスに巡り会う可能性は高いハズ。

あまりしゃべってくれなかったおばあちゃんが
「ごくろうさん、ありがとうね」
と、おまつりの後片付けを手伝うワカモンに声をかけてくれる。
そのおばあちゃんにも、ほんのちょびっとかもしれないけど
小さな“変化”があったんだとしたら
それはきっと次の何かにつながるんだと思うんです。

コミュニケーションデザインとは
当事者に自主性を促す事が大切だと考えます。

それは、広告代理店やPR会社がお金とマンパワーを使って
あの手この手で話題づくりをする事ではなく
(もちろんそれも手段のひとつですが)
ヨソから来た人間が、当事者意識を持つくらい同じ目線に立って
誰でも出来るような手段を一緒に考えてみる事だと思うんです。
そうすれば、成功した時、当事者はもちろん、
お手伝いさせてもらった自分まで、一緒になって感動できる。

見返りを求めず、必死で脳を動かし、身体を動かした結果、人の心を動かせる。

大学の研究過程を終えた後、東京に出て来た僕が
イベントの世界に飛び込むキッカケになった
『鄙の夏』というイベントの、昔話でした。
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by wamhouse | 2013-01-31 23:31 | 想 : column

1年前の今日、僕は16時から目黒で打ち合わせの約束があり
奥様は生後5ヶ月の子供の予防注射を受けさせに行く予定だったので
愛犬に留守番を頼んで、僕らは15時に家を出るつもりだった。

出かける用意をしてる最中、グラッと大きな揺れを感じ
大急ぎでリビングに。
そこにはまだ昼寝から起きていない赤ちゃんと
動物の本能からか、すでにパニックを起こして
悲鳴のような泣き声で吠えまくる愛犬がいたから。

すぐおさまるだろうと軽く考えていたその揺れは
やがてどんどん大きくなり、家中の物が壊れ始め
あっと言う間に立ってられない程の大きな揺れと
自分たちの叫び声も聴こえないくらいの轟音にかわった。

ずっとずっと終わらない大きな揺れ。
正直、もうこの世の終わりだと思った。

目の前ではテレビが倒れて大破し
隣の部屋や階下のスタジオからは、物が倒れ壊れる音が響き
キッチンでは食器棚から食器が全部飛び出し、落ちて割れ

「大丈夫!大丈夫やぞ!こんな事で死ぬわけない!」と
奥様に言っているのか、自分に言い聞かせていたのか、
とにかく家族を守らなければ、という気持ちでいっぱいだった。

余震が続く中、避難するために貴重品と最低限の荷物をまとめ始める。
床に散乱したガラスを避けてバタバタと用意する中、家の電話が鳴る。
出る余裕があるわけもなく、やがて留守電に切り替わり
電話機のスピーカーから、母親の声が響く。
「大丈夫か?大丈夫か?もしもし?大丈夫か?」
繰り返す、悲痛な母親の叫び。
…ごめん、おかん。電話出るヒマない。とにかく外へ逃げるわ。

家の前にあるジャスコから避難してきたお客さん
自宅のあったマンション群から避難してきた住民
帰宅を急ぐために猛スピードで信号無視する車
…外は大混雑し、そして混乱していた。

まだ工事中のマンションの足場が余震でグラグラ揺れて軋む。
「そこいたら危ないよ!離れて離れて!!」
自分達も避難しながら、目につく人にも声をかける。
とにかく、近所の広域避難場所に指定されていた
学校のグラウンドを目指す事にする。

埋め立て地である東雲、予想通りに液状化現象が目の前で始まる。
道のスキマから、勢いよく噴水のように溢れ出す泥水。
みるみるうちに、あたり一面が濁った池のようになる。
阪神淡路大震災で目の当たりにした光景が蘇り
「ああ、このあたりは沈んでしまうのか」と恐怖をおぼえる。

避難先のグラウンドの地面にも、みるみるうちにヒビが入る。
校庭に避難していた生徒、引率の先生、近隣の住民。
目の前で振り子のように揺れる信号機。
建物の反響で何を言っているのかわからない緊急放送。
いつまで続くかわからない揺れに、みんな混乱し怯えていた。

その頃、ケータイのテレビから
震源地が東北地方である事
大きな津波が発生し始めた事
予想よりも被害が大きい事を知る。

このまま家に帰れなくなりそうだったので
寒い夜をしのぐ為、奥様、子供、犬をその学校に残して
僕ひとり車を取りに一旦家に戻る事にした。

まだまだ続く余震の中、あらためて帰ってきた家の中は
見るも無惨な光景になっていた。
何もかもが散乱し、ガラスの破片でいっぱいの床。
タンクが壊れ、水浸しのトイレ。
モニターや機材が全て倒れたスタジオ。

泣きながら数枚写真を撮って、
車のカギと、
持てるだけの水と着替えとおむつ、犬のゴハンと毛布を持って
車庫から車を出した。

家族を乗せ、途中のコンビニで食料を買い、
行き先も定まらないまま、津波が恐いので
東雲から内陸にあたる銀座方面へと車を走らせてみる。

新豊洲から晴海通りに入ったとたん(当たり前だが)道は大渋滞。
そこでようやく、関東平野である東京に
高台と言えるような逃げ場がない事に気づいて
半ばあきらめて、豊洲に戻る。

トイレのある公園のそばに路駐して、
車の中でずっとテレビを観ていた。
ニュースは刻々と悪くなる状況を伝える。
やがてあたりは暗くなり、寒い寒い夜を迎える。

電話のつながらない中、ツイッターで大阪にいる弟と連絡が取れる。
「おとんとおかんに、家族全員無事って伝えて」
「わかった。関西は大丈夫。困った事あったら言って」
「きっと水とおむつが不足する事になるから、お願いしていい?」
「わかった、まかしといて」
そんなやりとりに少し元気をもらう。

たまたますぐ近くのスタジオでリハーサルをしていた
コレオグラファー:なっちゃん先生がツイッターで
「こっち(スタジオ)に避難しにおいでよ」
と声をかけてくれる。
でもウチには犬がいるので、丁重にお断りした。
(とてもうれしかったよ、ありがとう、なっちゃん。)

夜になって奇跡的に電話がつながり
ようやく実家と連絡が取れる。
直接無事を伝えられてよかった。

電車も止まった中、青山から川口まで帰るという友達。
「大丈夫?今どのへん?」
「今半分くらいかな?」
「気をつけてね!ムリすんなよ!」
「ありがとう!家族心配やから意地でも帰る!」
「無事を祈る!」
そうやって、みんなツイッターで安否の確認をしたり
お互いを励まし合ったりしていた。

知り合いとか、他人とか、あんまり関係なかった。

「XX通り沿いのファミリーマートXX店のトイレ使えます」
「徒歩で帰宅される方、女性は特に気をつけてください」
「XX小学校の屋上に人が取り残されているらしい、誰か助けてあげて」
「XX消防署に連絡しました!負けるな!がんばれ!」
「安否確認サイト作りました!みんな使ってください!」

みるみるうちに広がるネットワーク。
もちろんみんな初めての経験だから、混乱はしていたけど
何かしよう、何かしなくちゃいけない、
恐いのは自分だけじゃない、みんなでがんばろう、
そんなみんなの想いが
たった140文字しか書けないハズのツイッターから
いっぱいいっぱいあふれていて

そんなツイッターのTLと
安否確認の名前を流しつづけるテレビを
夜が空けるまで泣きながら観ていた。
長い長い夜だった。


…あれから今日で1年。

あの日を境に、日本も、世界も、僕も、全部変わってしまいました。
たくさんの人が亡くなりました。
たくさんの家が流されてしまいました。
思い出も、生活も、家族も、友達も、全部なくした人だっている。

ダメな方向に変わった事がほとんどだけど
ほんの少しだけ
みんながみんなを意識して、協力して、
家族や友人やとなりの人を大事に思えたり
この国の行く末を考えたりするようになったのは
良い方向に変われ出したのかな、とも思います。

もしも地震発生があと30分遅かったら
僕ら家族はバラバラで、室内が全壊した家には犬しかいなくて…
想像するだけでゾッとします。
我が家はみんな元気。それだけでとてもとても幸せ。

阪神淡路大震災の光景がフラッシュバックして
パニックになりかけた僕を助けてくれたのは
まだ何もわからず、ニコニコ笑っていた息子でした。

この子を守らなきゃいけない。
この家族を僕が守らなきゃいけない。
あの日から強くなったこの気持ちは
今もずっと変わらないままです。

もう地震なんて起こらなければいいのになあ。
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by wamhouse | 2012-03-11 03:50 | 想 : column

10年前の2001年9月11日…なにしてた?

SONYの新製品発表会を翌日に控えた会場—青山スパイラルホール。
最終調整をされていたSONYの開発担当の方の立ち会いで居残り深夜作業中。

ホールのスタッフさんが
「なな中村さん!たたた大変です!!」
って呼びに来て、控え室のテレビの前に連れて行かれた。

テレビに映っていたのは、どこかのビルに飛行機が突っ込んで爆発した瞬間。
(2機目がWTCビルに突っ込んだ瞬間だった。)

「…で?なにこの映画?」
とアホ面して尋ねたくらい現実味がなかった。。。

「戦争はじまるね…」
「明日の発表会は中止かなあ…」
そんな事をホールのスタッフさんやSONYの開発の方と話してた。
その後、着替えるために少し帰宅できたけど、恐くて眠れなかった。

翌日の新製品発表会は開催されたけど、
どのニュースも悲しい事実だけを伝えていたなあ。。。
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by wamhouse | 2011-09-11 03:15 | 想 : column

道標は はじめからあった気がします

いつも不安な僕らは
水平線の向こうに広がった
孔雀のような未来に憧れを感じながら
黄昏の雨に打たれていたのです

道標は はじめからあった気がします

例えば
大きな風が風車を回すのではなく
小さな風車に生まれた風が
遠い海を越えることを知った時も
やっぱり
道標は はじめからあった気がします

夢の下流で見つけた景色がありました

大きく空を突き抜けるような顔で
心の痛みを抱いてくれるような顔で

深い優しさと
限りない優しさで
すべてを信じあえるような
そんな景色がありました

今 風を受け 順風満帆
ここに迷うことなし

今 風を受け 順風満帆
ここに迷うことなし

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by wamhouse | 2010-10-01 02:04 | 想 : column

アニメ監督、今敏さんがお亡くなりになられました。

「パーフェクト・ブルー」「東京ゴッドファーザーズ」「千年女優」「パプリカ」
今監督の作品はどれも大好きです。

46歳の若さで逝ってしまわれた。残念です。



「別に長生きしなくたっていい」

昔から常々言い続けています。
別に「長生きしたくない」のではなく
ただ「長生きしなくたっていい」んです。

今の自分に、年老いてから何ができるのか全く想像できません。
今できる事しか想像できない、想像力のない人間です。

だから、可能なら、老後に残された時間があるとして
その時間を今日、明日、前借りさせてもらえるなら
させて欲しい。

それくらい「太く短く生きたい」だけなんです。

ただ死ぬ時に、できるだけ悔いなく死にたいだけなのかもしれません。
悔いのない死に方なんて、できるわけないんですけど。

歳を重ねるにつれ、大切な家族、親族、友人、知人と
永遠の別れをする機会も増えてきます。
その度、自分の歩みは少し止まります。

生きるって何だ。
死ぬって何だ。

自分には妻もいて、子供のように大切にしている愛犬がいて、
もうすぐ子供も産まれてくる。
やりかけ仕事もあって、やりたい事も、やらなきゃいけない事もたくさんある。
今この瞬間に死ぬ、となると、自分以外の人たちへの
影響やご迷惑ばかりが先に立ってしまいがちですが…
ホントのところ、僕の心臓が止まっても、世界が止まる事はないでしょう。

生きるって何だ。
死ぬって何だ。

考えると何もできなくなるけど、考えなくていいような事じゃない。

不謹慎かもしれないが、人の死に目に遭ってしまったその時だけは
立ち止まって考える時間をもらえます。



今監督は遺書を残されました。
文章としては少し長く、人生を振り返るにはあまりにも短い文章。

連日の徹夜作業にヘトヘトな僕は、仮眠を取るために布団に入り、
眠りにつくまでのほんの少しの時間、ケータイでその遺書を読みました。

泣きました。

悲しさや 感動や 他にも色んな気持ちがごちゃまぜになって
とてもとても、泣きました。

今監督とは別に面識があるワケでもなく
失礼ながら特に大ファンというワケでもなく
ただ、好きなアニメ監督の中のひとりだったわけですが

その突然の訃報と
その若さでの死と
死ぬ間際に書き綴られたであろう遺書が
そのまま眠る事を許しませんでした。

今監督は、前向きに倒れました。
前のめりに生きられました。

そして 真っ向から 死 と向き合われました。

きっと足元にも及ばないでしょうが
僕の気持ちのレールの先に
今監督がいらっしゃるような気持ちになりました。

この遺書を読んで
「別に長生きしなくたっていい」
という言葉は二度と口にしない、と誓います。

別に想いは変わりません。

人が一生に使えるエネルギーの上限が決まっているとして
そのエネルギーを
効率的に使って長生きするよりは
非効率的でもいいから、瞬発力に換えて生きたい。

僕は、最後まで僕らしく生きたい。
今監督のように。



今監督。

お会いした事もない僕が、このような気持ちを文章として残す事をお許しください。
畑は違えど、そしてレベルは全然違えど
同じ“モノを創り続ける事を生業に選んだ人間”として
最後のお言葉に、たくさんの学びと、自身への反省の機会をいただきました。

奥様やご両親、恩人、知人の皆様への心残りは尽きないと思いますが
今監督の作品は、その方々だけでなく、私たちファンの中でずっと生き続けます。

本当にありがとうございました。


心よりご冥福をお祈りいたします。



KON'S NOTE 2010年8月25日(水曜日) さようなら

(念のため別記事より)
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by wamhouse | 2010-08-26 04:28 | 想 : column

さっき、幼稚園〜小学校〜中学校と一緒だった親友の訃報を聞いた。



3日程前、仕事で表参道から帰宅する車の中で
なにげなく
特に何のキッカケがあったわけでもなく
ふと
彼の事を思い出した。

「あいつ今頃何してんのかなー」
「今会ったら何て呼ぶかなー」
「吉岡くん…」
「…ないなー」
「やっぱり変わらず“よしー”やなー」

たったそれだけの小さな考え事。
家に着く前にはそんな考え事をしたことすら忘れてた。

3日後の今日。

仕事に疲れて仮眠をしていて、ケータイのバイブ音で目が覚めた。
友人からのメールだった。

   …
   連絡きたかな。
   よしー(よしおかクン)覚えてるよね。

ココから後の文章は画面の外だった。

「お!あいつもとうとう結婚したか!?」
ベッドで横になりながら、そのメールを開いて画面を下に送った。


残念ながら、とてもとても悲しい報せだった。




3日前の考え事が「蟲の報せ」だったんだと思った。




ホントによく一緒に遊んだ。
よしー と じゅん と オレ。

下校時間ギリギリまでグランドで遊んで
そのまま中島公園で引き続き遊んで
暗くなるまでどろんこになって遊んだ。

ちょっとどんくさっコなよしーは いじられキャラだったけど
カワイイ笑顔を絶やさない 愛らしいヤツだった。
だからこそ みんな応援したし
よしーが何か出来るようになるたび みんなで喜んだ。
みんなからすげぇ愛されていたヤツだと思う。


この世に生まれし全てのものの
生きる事と死ぬ事の割合は
いつでもだれでも50:50。
確率論なんて無意味で、みんな平等に死を背負いながら生きている。

寿命を今にも全うしようとしている老人も
今日生まれたばかりの赤ちゃんも

33歳になってまだまだこれから活躍しようという若者も

みんな
一日後 一時間後 一分後 一秒後
生きているかどうかなんて だれにもわからない。

頭ではわかっているつもりなんだけど
やっぱり不公平で悲しいなと思ってしまう。

どうしようもないのにね。

あまりにもダメージが大きくて しばらく引きずりそうです。



そのうち会えるかと思ってたのにな。
数年前の同窓会以来やもんな。
オマエの結婚の話とか、子供出来たとか、そんな色んな話も
もうできひんねんなぁ。。。

お通夜もお葬式も行けなくてごめんな、よしー。
今度帰省したら手を合わせに行くな。

ごめんな。
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by wamhouse | 2010-02-23 23:54 | 想 : column

急遽打ち合わせが1本なくなって、1時間半程ぽっかり空いたので
今マスコミの皆様が騒いでいる国母選手の事を書こうと思う。

とはいえ、問題になっている彼の服装を見た訳でもなく
(テレビなんて見ているヒマがないです)
ネットで書いてある事から総合的に判断するに、
今の若いコだから、自分なりのスタイルでもってカッコつけちゃって
それが「日本の恥だ」とか何とかで問題になって
記者会見で「ちっ、うるせーな」って声をマイクがひろっちゃって
やれ謝罪会見だ、やれ開会式出席自粛だ、となってるんですよね?
合ってる?

…アホすぎる。

国母選手でなくて、マスコミ以下 眉間にシワ寄せて騒いでいる皆々様。
あなたたちの事ですよ。

まずもって「日本の恥」という概念。
あんた、何時代の人だ。

仮に海外の方々がテレビかなんかで国母選手の例の立ち振る舞いを
見たとしようじゃない。
その若い少年たったひとりを見て
「ハァ…これだから日本って国は。」
なんて国ごと批判する人がどんだけいるよ?

「そんな人いない」なんて言いません。
中にはいるでしょうね。
その人って、元々きっと日本の事キライな人だから
誰が何やっても日本を否定してると思うんだな。

恥ずかしいのは「日本」ではなく
間違いなく国母選手自身。

スノボがんばってやってきて
オリンピックという晴れの舞台で
たった今流行っているスタイルに流されまくりの
「自分自身」をガマンせずに出しちゃったもんだから
その記録はテレビやらネットやらにずっと残るワケですよ。

みんなでぶうぶうバッシングしなくたって
数年後、国母選手が自分自身を振り返った時に
自分で恥ずかしくなるだけなんだからいいじゃない。

それよりも。

ひとつのスポーツに秀でて、国民の(とても身勝手な)夢を背負って
これからオリンピックで戦おうとするひとりの少年に
どんだけよってたかって批判の嵐なんだ。

日本人は日本の事をキライだから、たったひとりをつかまえて
「日本の恥」をリアルにしたがるんでしょうね。

「あの子、バカだなぁ」でいいじゃん?

朝青龍の話題に飽きたところで新しいエサに飛びついたようにしか見えん。

たったひとりの(オリンピックに出る程の実力を持った)少年の小さな愚行を
みんなでよってたかって(しかもこれからがんばろうって時の前に)叩く事こそ

日本の恥だと思わんかね?
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by wamhouse | 2010-02-15 12:35 | 想 : column

まず、みなさんにご紹介したいブログの記事があります。

神田敏晶さんのブログより
6年も前のブログでニッポン放送東京電力からドタキャンをくらう話

簡単に言うと…
ニッポン放送よりテレビ出演を依頼された神田さん。
しかし、収録直前に局側からキャンセルの連絡。
神田さんの「6年前の」「個人のブログ」の内容が
その番組のスポンサーチェックにひっかかったらしい。
(チェック入れたのが東京電力なのか、代理店なのか、制作会社なのかはわからないが)

上記ブログ文中よりその「6年前の」「個人のブログ」も読めるので
読んで頂いた上で、ご判断は皆さんにお任せしたいと思いますが…
東京電力を名指しで批判しているわけでもなく
「一体何が問題だったのかよくわからない」
というのが僕の感想です。


ここからは僕の主観的意見です。


仮にどこかの誰かに対して 何か不都合があったとしても
そんな事が理由で『言論の自由』が奪われるのだとしたら
それが「企業」から「個人」に対しての『圧力』だったら
なおさら大問題です。

企業の不都合は決して隠して良いものではなく、そこには説明責任があり
間違いは明確に訂正し、事によっては謝罪しなくてはいけないものであると考えます。
それが“電力会社”のような、国のライフラインを担う企業なのであればなおさら。


mixiを始めとするブログや、昨年から爆発的にユーザーを増やしているツイッターなど
ここ近年で個人や企業、果ては政治家、一国の大統領・首相までもが
とても簡単に情報や考えや思いを全世界に発信できるweb環境が整いました。

ラジオやテレビ等、一方通行であった情報発信が、このように相互通行になる事により
遠い場所の事実や真実がとても簡単に入手できるようになって
なんだか世界が狭くなったとさえ感じます。

それに比例してトラブルも増加します。

未成年の飲酒自慢や犯罪暴露など、常識はずれの“自爆型”から
神田さんのような“風評被害型”まで色々ありますが
コレは車の台数が増えると事故が比例して増えるのと同じなので
これから環境が成熟して、どんなルールが作られようとも
このようなトラブルが根絶する事はないでしょう。

“トラブルを招きそうな事ははじめから書かなければ良い”
“そもそもブログ自体はじめから書かなければ、問題が起こる事もない”
“個人情報を明かさず、2chのように匿名で書けばいいじゃん”
…トラブルを回避する方法はいくらでもあるでしょうね。

でも、情報に真実味を持たせるには、発信する側の素性が必要不可欠で
情報の発信元が匿名であればあるほど、真実味からは遠ざかっていく。
(たとえそれが真実であったとしても)

誰でも気軽に入手出来る ありとあらゆるたくさんの情報。

たとえそれが嘘であっても、ヨイショしたり持ち上げたり褒めちぎったり…。
「クライアントだから」
「スポンサーだから」
「知り合いだから」
「ファンだから」

タレントさんや芸能人の方々は、ソレ自体がお仕事だったりするので
「ブログ」や「ツイッター」を宣伝するためのメディアの一手段として使うのは
TVCMに出演する事とイコールなので問題ないと思います。
閲覧者側もそのつもりで観ていますから。


僕は一般人なので、思った事や感じた事を正直に書いています。
良いと思う事は「良い」
悪いと思う事は「悪い」※
間違っていたら「反省」「謝罪」
そして二度と同じ過ちを犯さないための「誓い」
とてもたくさんの方々に読んで頂いているからこそ、たとえ一般人の僕でも
絶対に嘘はつけない。

※「嘘」と同じくらい「カゲグチ」が大嫌いなので
 基本的に悪い事や嫌な事はブログには書きません。

僕はブログであれ、ツイッターであれ“嘘をつかない”事を大切にしています。
本名も経歴も住所も家族も一切隠していません。
発言する内容に責任を持ちたいと考えているからです。


今回取り上げた神田敏晶さん。
別にお会いした事もなければ、このブログを読むまで全く知らなかった方です。

「このブログは本当の事を書いているのか?」

その質問に答える術を僕は持ちません。
だって知らない人ですから。

僕は、神田さんご自身の経験に嘘偽りなく
ジャーナリストとしての本分に従って真摯に書かれたものだと感じました。

知らない人が書いたブログを読み、考え、
最終的に「信じた」んです。


別に全てのブログに書かれている事が真実じゃないといけない!なんて
言ってるワケではないんです。
必要な嘘もあるでしょう。
おもしろい嘘もあるでしょう。
嘘を書くか、真実を書くか、それも『言論の自由』ですから。

結局は全て“受け手次第”だと思うんです。

今の時代、僕らは与えられる情報に対して常に「疑う」という目を持たなければいけません。
それはとってもとっても悲しい事だと思います。
世に氾濫する疑わしき沢山の事柄から、自分自身の五感と知識と智慧を使い
「信じる」に値する情報を導き出さなくてはなりません。

だから、神田さんのブログ含め、僕の書いたこの件を
信じるか信じないかは みなさん次第です。


神田さんは、ご自身でバグダッドに行かれた上で
その目で観て 耳で聴いて 肌で感じた事を ただ伝えようとされただけ。
それがたまたま、とある企業には「不都合な事実」が含まれてしまっていただけ。

皮肉な事に、東京電力が今回のような圧力をかけた事で
その「不都合な真実」はより一層“真実味”を持ちました。

しかし、神田さんがご自身のブログにその事実を書かれた事や
それを僕がこうやって転載したり、ツイッターで語られたりしても
個人では太刀打ち出来ない程の大きな流れに投じられた ただの一石なのかもしれません。

僕が言いたいのは、神田さんのブログが真実かどうかという事ではなく
ただの一石で大きな流れを変えるのはそう簡単な事じゃないとしても
そのただの一石さえ投じなければ、流れは決して変わる事はないという事。

その一石が 何かを変える力を持っている事も また事実。

その力が マスコミや企業に汚く利用される事なく
その力が向く方向に まっすぐ 正しく使われますように。
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by wamhouse | 2010-01-12 03:08 | 想 : column

この時期になると、1年を振り返って総括する事が多くなる。
1年という単位で物事に一段落をつけようとすると
この振り返りも大掃除も やはりこの年末に集中する。

僕はそんな事しない。

「今年は●●な年だったなぁ」
と振り返る事にあまり意味を感じない。

とはいえ、視野狭窄で猪突猛進しかできないバカでもない。


最近多いと言われるキャリーバッグ事故。
自分が曳き摺っている大きなカバンの位置を意識しないから
人に接触するというアホな事故が起こる。

雨の日の傘も同じ。
少しまわりに気を遣うだけで、その手に持っている傘の先が
後ろにいる人に向く事はないハズなのに。


車を運転している時、当たり前のように
前だけでなく、ミラー越しに後ろも気にしている。
(更に、車の状態を表示するメーター類や、道路標識や、自分以外の車や歩行者の位置や
 身体に伝わって来るエンジンの回転数や、信号機が変わるタイミングや…etc.)
…自分の命に関わるから。
常に後ろを気にしながら、それでもちゃんと前を観て運転する事に慣れているから
前と後ろを7:3くらいの割合で同時に観る事は、別にさほど苦ではない。

傘を持つ時も
キャリーバッグを曳く時も
人生を生きる時も

常にまわりの気配に気を配り
常に近しいまわりに気を遣い
常に後ろにも気をつけながら
前を向いて進めばいいじゃん。

そんなに難しい事じゃないと思うんすけど。

まわりに迷惑をかけている人ほど
まわりに迷惑をかけている事に気づかず
そして
大げさに後ろを振り返りたがる。
そんな気がします。

そんな人に限って、自分以外の“同種”に敏感だったりして。苦笑

事故ってから気づくような人はもちろん手遅れ。
その“手遅れ”のさらに上を行くのが
事故っても その事故った事自体に全然気づけないような人。

ある意味 幸せ者。

例1:資本主義大好きな政治家・投資家の皆々様
例2:自己主張ばっかりで他人の意見や話を聞かない人
例3:“この人と仕事するのヤだなぁ”ともっぱら評判な人
例4:自分の動きやすい立ち位置を確保する事が最優先な人
例5:まわりの悪口ばっかり言って、自分の悪い部分を自覚できていない人
例6:自分に都合の悪い話は“自分の事じゃない”という不思議な変換ができる人
例7:表裏のある人で、その表裏がある事がまわりにバレている事に気づいてない人

…わあ、けっこういるな。シアワセモノ。


常に後ろに気を配っていれば あらためて振り返る必要はなく
常日頃から少しずつ掃除していれば 大掃除なんて必要はない。
(ウチの大掃除的な掃除(窓を拭いたり、日頃からやりづらいトコの掃除)は
 わざわざこんなクソ寒い時期にやらず、夏にやりますよ。)


まわりに迷惑をかける事なく
自分のリズムで 前を向いて(後ろに目をつけて) 颯爽と闊歩する人はとても美しい。

できれば そうありたいと思います。
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by wamhouse | 2009-12-27 11:09 | 想 : column

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by wamhouse | 2009-12-24 09:18 | 想 : column